スタッフコラム「ウルトラマラソン奮闘記Ⅱ」

(前回は2021年12/5~号!)

まわりのランナーが脱落していく中、なんとか第3関門である碇高原に到着。すぐに栄養をとって休む間もなく出発しようと考えていると、今までの関門と雰囲気が違う事に気づきました。何かみんな楽しそう。というか気が抜けている…?

第3関門の碇高原はレース中の最高到達点であり、約70kmの地点。ここまできたらOK。完走できなくてもいいじゃん。そんな空気を感じ、足早に碇高原を後にしました。

ここから下山ルート。急な下り坂を走り抜けていきます。下半身への負荷は高まり、走り続けていないと痛みで止まってしまいそうでした。下り坂を終えると平坦な道に戻るとコレもまたしんどい。今まで出ていたスピードから急に落ち、足が重くなったような感覚となるからです。平坦な道でこそ手を抜いてはいけないと、師匠の言葉を噛み締めながら前に、前に、進みます。途中、オーガニック農家仲間の池田夫妻も応援に来てくれて、本当に嬉しかった。

制限時間ギリギリで最後の関門となる丹後市民局に到着。ここまで来れたら、ゴールが見えてきます。残り2時間で15km走れば完走。

いつも1時間で10kmくらいのペースなので、いつも通り走れば大丈夫。妻と池田夫妻に見送ってもらいゴールを目指します。

いつも通りとはいえ、下半身は痛みで動きが鈍くなり、ペースが落ちてきていました。いつ自分もリタイヤしてしまうか分からない状況、それくらい痛みや疲労が蓄積していました。時刻は17時を過ぎ、夕暮れの時間帯に。制限時間ギリギリのレースをしていたので、まわりにはほとんどランナーがおらず、いても完走を諦めて歩いているランナーばかりでした。そんな時、僕のランの師匠が応援に!栄養ゼリーをくれたり、背中を押す言葉。全てが染みわたります。ペースは落ち気味でしたが残り10km頑張るしかない。とにかく足を進めました。

辺りは暗くなりはじめ、いよいよレース終盤を感じはじめます。この時、僕はひたすらに走りながらも、常に時計を見ていました。残り〇〇分だと▲▲/kmのペースで走らないと間に合わない。という事は次の給水所には■■までに…。といった考えを常に巡らせていました。まだ大丈夫、まだ大丈夫、いや?このペースだとヤバい?間に合わない?残り6km地点で雲行きの怪しさを感じてきました。まわりにはほとんどランナーはおらず、給水所も片付けを始めていたり。これはマジでヤバい…「ここでやめるしかないのか??いや、ここまで走ってきたのに完走できないなんてもったいない。めちゃ練習もしてきたし。ゴールできなくても、みんなそれなりに声かけてくれるけど、完走した時と比べたら差は歴然だろうな…やるしかない。」ここで一気にギアを上げました。

足は痛いけど、スタミナに余力はあったので、後悔しない為に走るのみ。とにかく、前へ。足をつるリスクはありましたが、とにかくペースを上げる。制限時間ないにゴールできそうな兆しを感じつつも、いつ転ぶか分からないし、ペースを落とさず前へ。

あたりはまっ暗。それでもゴール近くなると沿道に出て応援してくれる人たちが‼︎残り数十メートルになると、会場のアナウンスに名前が呼ばれます。「ナンバー513、井上健吾さん!」ゴールを待ち望んでいた妻の歓声が聞こえました。最後のコーナーを曲がってゴールゲートを見た瞬間を一生忘れないと思います。「あーやっとゴールできる」ライトアップされて輝くゴール、そのすぐ横でカメラを構えて待ってくれていたランの師匠!ハイタッチを交わしてゴールテープを切りました。

ゴールタイムは制限時間2分前の18:28。レース時間は13時間58分。達成感はもちろんありましたが、完走したことが信じられず、「走れちゃったよ、俺」そんな気持ちでした。妻含め、応援してくれた人みんなが喜んでくれました。「根性すごいな」と褒められたりもしましたが、僕は理屈で走り切ったかなと。あらゆる状況を想定し、準備したからこそ完走できました。次の日は痛みでよちよち歩きしかできませんでした。 【おわり】