月刊てんとうむし畑便り(2/15第120号)

今年の冬は寒気が強く、ここ数年の暖冬になれっこになっていたぬるい体には少々厳しいかもしれませんね。
それでも、10年前、20年前の冬と比べると雪も少なく、あたたかい冬の様にも思えます。水道が凍ってしまうのは、毎日の様に当たり前でしたからね。

2月18日は二十四節気の雨水。そろそろ、雪から雨になる頃なのですが、ちょうど18日あたりから再び厳しい寒気が入り、真冬が続きそうです。例年なら「雨水」をきっかけに、春のたねまきが次々と始まるのですが、この天気予報だとしばらく種まきは待ったほうが良さそう!

種の発芽には温度が必要で、種から目を覚ます温度が野菜によって違うのですが、水分を含んだけど温度が足りないと、そのまま腐ってしまったり、虫に食べられてしまったりするからなのです。
あー、春が待ち遠しいですね。

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今冬は気温が低く、そして降雪量も多いので思うように畑仕事が進みません。思い通りに事が運ばないと、つい気が立ってしまって余計にうまくいかないもんです。なので、こんな時は春が来るのを待って、のんびり畑仕事をする、それが一番。

そして、たっぷりある雪を楽しもう!ということで、今冬は、もう何回もスキーに雪山に楽しんでいます。
私が初めてスキーをしたのは、小学校の頃、祖父の家の前の坂道でした。わずか10mもない坂道でしたが、それからこれこれ50年程スキーの経験があります。そんなスキー経験の中で、最も記憶に残っている事を書きたいと思います。

それは、大学3年生の冬、大学の先輩・友人と長野県白馬村のスキー場へ行った時のこと。
一日楽しく滑り終えて、近くの温泉でゆっくりと疲れ癒したあと、居酒屋へ行こうと雪が降る中、みんなで楽しく話をしながら雪道を歩いていました。

すると、ちょっと急な坂道でスリップして動けなくなった車が止まっており、途方に暮れた顔でその横に家族かな、立っていました。誰が声をかけるわけでもなく、みんなで車を押して、何とか車は前へ進むことが出来ました。
すると、運転していた家族のお父さんが、すごくほっとした表情で「ありがとうございます。助かりました。」とお礼の言葉と一緒に財布からお金(はっきりと憶えていませんが、5千円札?一万円札?どちらにしても、もう40年近く前ですから学生にしたら大金です)を渡されたのです。

食べ盛りの大学3年生の私は、心の中で「やったー、腹いっぱい食える」と喜んでいる横で、先輩のS.K.さんが、こう言ったのです。「いえいえ、お礼は結構です。困った時はお互いさまなので」「いや、ぜひ受け取ってください。寒い中、長い時間手を取らしてしまって…」と運転手の方。私は、心の中で大盛の唐揚げが浮かんだり、沈んだり…。

そして、最後に先輩が「それでは、どこかで同じように雪道でスリップして困っている方を見かけたら、助けてあげてください。それが、私たちへのお礼になります。」と。

運転手の方、その家族の方は、私たちに深々とお礼を述べられて、車で出発してゆきました。そして、私はと言うと、大盛唐揚げを想像した自分が恥ずかしいのなんのって、小さくなってしまったのです。
そして、先輩の格好いいこと、なんて大きいんだと尊敬度急上昇です。

この出来事をきっかけに、困っている人がいたら積極的に手伝ってあげよう、そして、その手助けの輪が広がってゆくことがそのお礼で十分!という考えをしようと決めたのです。もちろん、今でもその考えは、私の中心にあります。

倉本聰さんが「恩返しも大切だが、これからは恩送りの気持ちを大切にしてほしい」と新聞のコラムに載っていたことがあります。恩をもらった人に恩を返すのが「恩返し」。そうでなく、恩をもらったら他の誰かに恩してあげる、それが「恩送り」だと。倉本聰さんより、ずっと以前に先輩は恩送りを実践していたのです。

有機農業の技術、それも多くの方や自然からたくさん教えてもらいました。その学んで実践している技術も積極的に次の世代に伝えてゆきたいと思っています。
今でも大尊敬ですよ、先輩!!

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